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悲しかったことについて。

バカンスが終わりました。

音楽祭から更新してなかったなー。
反省。
いろんなことがありました。

書きたいことがいっぱいあったんだけど、忘れたいこともあったりして、でも楽しかったことを楽しかったテンションで書いてしまうということも、違う気がした。
忘れたかった悲しかったことも書かないと、公平な記録にはならないなーと思ったり。
誰に対してって、、自己満足なだけですが。
そもそも公平な記録は書けてないけど。
まぁ気構えとして。
良かったことしか書かないのは嘘だと思うし。

というかただただ楽しかったことも書く気になれなかったというだけですが。
でも、楽しかったこと以外のことも伝えたかったのです。
そう、順番として、それを書いてから楽しかったことを書きたかったのかな。
そして、それを書く準備ができたから今日これを書こうとできているのだと思います。
ちょっと時間が経って、落ち着いたかな。


ラマダン(断食)が終わって、コリテがありました。
8月の最後の日でした。
コリテとは、ラマダン明けをお祝いするお祭りで、丸一日暴食する日です。
そして綺麗な服を着て、親戚や友達に挨拶回りをします。

その日、うちのマダムは出産しました。
コリテの前日にたぶんおしるしのようなものがあり、入院。
そして陣痛誘発などを行いながら丸一日病院にいました。
私たち家族は家でコリテの料理をしながら、マダムの様子を聞いたり、食事を届けたり、1日中そわそわ。
コリテどころではありません。
夕方、ようやく赤ん坊が生まれました!
男の子です。
マダムには女の子が1人だけいます。
結婚してきっと5年以上くらい経ってからやっとできた女の子、ファティマタです。
ファティマタの前も妊娠することは何度かあったようなのですが、なかなかうまく育たず、やっとできたのがファティマタ。
そして、コリテの日、待ちに待った男の子を出産。
ようやくの2人目。

しかし、頑張って生まれてきた男の子は元気とは言えませんでした。
産声がか細く、生まれてくるという大仕事でもう疲れきっていました。
出産後、すぐ州病院に移動し、酸素供給を行いました。
州病院とはいってもカフリンの州病院は設備が整ってはいません。
そこで、そのまま1時間先の中都市、カオラックへ移動。
そこで処置を行うことに。

もう夜でした。
Diaw夫妻はカオラックへ行き、私たちはみんなで家で待機することになりました。

あんまり丈夫な子じゃないんだなー。

私はそのくらいにしか思わなかった私は翌日早朝の訃報に愕然としました。

そんなに簡単なのか。
というのは間違っているかもしれません。
だけど、そんな話、私はこれまで身近に聞いたことがありませんでした。
日本だとほとんどの場合、どうにか助かるのではないでしょうか。
生まれてきているのです。
ちゃんと、生きて。

出産後も、みんなそんな深刻そうに見えなかった。
「おめでとう」って言ったら、喜んでたし。

ほんとにきつねにつままれたようでした。

ずっと大事にしてきて、やっと生まれた待望の赤ちゃんなのに。

昼過ぎにDiaw夫妻は帰ってきました。
赤ちゃんはもう既にカオラックで埋葬してきたということでした。
名前もない赤ちゃん。
幸か不幸か、たまたま私がカメラを病院に持って行ってなかったから、写真の1枚もありません。
お墓参りすることはあるんだろうか。

そして続いていく日常。
セネガル人は何があっても日常を続けていきます。
何事もなかったように。
それはそうする努力をしているということも分かってきました。
敢えて普段と変わらない生活を続けていくことで、深刻になりすぎないようにするのです。
何故なら、こういうことはそんなに珍しいことではないから。
いちいち深刻になってしまっていては身が持たないのかもしれない。

なかったことにしたいのかどうかはわかりません。
しかし、悲しみに飲み込まれないよう、悲しみを日常に飲み込ませて日々を過ごすのです。
人と一緒に時間を過ごし、悲しみを分け合って、徐々に笑い話を混ぜながら、数日後には何もなかったかのように。
日本でする法事のようなことはしないし。
日々のお祈りの中で祈っているのかもしれませんが。
何もなかったかのようになってしまいます。

ほんとにこんなことは珍しくないのでしょう。
その約10日後、配属先の上司でDiawと同じ立場にあるSakhoさんの4歳の息子が亡くなりました。
病気だったのが、旅先のマリで悪化したようです。

私には全くこういうことに耐性がなくて、、どうにも頭が切り替わらなかった。
自分の赤ちゃんを亡くしたマダムががんばってるのに、私はこの現状が嫌になって逃げたかった。
ここにいるのが嫌になったのです。
そんな現実がゴロゴロしているこの国に嫌気がさしたというか。
そしてそれをなかったことのようにしてしまえるセネガル人の鈍さにもイライラした。
C’est la vie.(それが人生だ、とか、仕方ないという意味)と言って。
彼らが必死で悲しまないようにしようとしていることも分かっていながら。
その鈍さも必然で、生きる知恵だとも思うけど。
忘れることが簡単そうに見えることが嫌だったり。
情けない。
自分勝手な話です。
私は何もできないくせに。

そして、ラマダン中、臨月のマダムが断食するのを止められなかった後悔も大きい。
もし、赤ちゃんの栄養状態が良ければ、もう少し体力があったかもしれない。
もっと本気で止めていれば良かった。

それから、「猫は不運を運んでくるって言うんだ、この国では」と言われたこと。
うちの猫のちーちゃんはいつもDiaw家にいます。
そんなに本気で嫌がられてなかったのをいいことに、甘えすぎました。
セネガル人は体中にお守りを付けて歩く程に心配性です。
いろんな物事から自分を守ろうとしています。
そんな彼らに、「不運を運ぶ」と言われる猫を身近に置いてしまった私。
猫が嫌われているのは知っていましたが、不運を運んでくるということは知らなかった。
責任を感じざるを得ません。
猫のせいかどうか、という話ではなく、私が不安要素を増やしていたということがショックだった。

私いない方がいいな、と思った。
いても何の役にも立たないし。


今はもう、そんなこと思いません。
整理ついた気がする。


うーん、、、ぐちゃぐちゃマイナスなことを書いてすみません。
読んでくれてありがとうございました。

要は、待望の赤ちゃんが残念だったので、悲しかったというお話でした。
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No title

私のダンス友達もこの間亡くなったって聞かされた。
そのこと知らなくて、教えてくれた友達に「なんで?!病気だったの?!」って聞いたらさ、めっちゃ笑われたんよ。
笑われたんだよ、信じられる?
不謹慎すぎる友達に対する怒りと、亡くなったっていうショックとでごちゃごちゃになったわ。
でも私が「なんで亡くなったのか」聞くこと自体彼女には不思議でだったらしい。
理由なんて神様しか知らない、神様が迎えにきたからだって。
本当に強い人しか生きられないセネガルではc'est la vie って思うしかないのかも。
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