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外は砂嵐です。

外は砂嵐です。

さっきからちらっと雷が光っていたので、あー今晩は雨が降るかな、と思っていたのですが、いきなり、ほんと唐突に強い風が吹いてきました。
一瞬外に出たら全身砂まみれというくらいの嵐です。
富士山の八合目で風が強いときと同じくらいかそれよりもひどい。
なかなかです。
まずまっすぐ歩けないでしょう。

今は夜の8時半過ぎで、私はちょうど水浴びをしようとバケツに水を溜めているところでした。
ほんと唐突だった。
水を出し始めたときはそんなことなかったのに、バケツに水が溜まるまでのほんの短い時間で外に出られないくらいの状況になってしまうなんて、、、恐ろしい。

あ、雨も降ってきた。
ひどい雨です。

電気もありません。

トイレ行きたい。

トイレ外だし。。。我慢。

お腹もすいたよ。
ジャオんち行けない。

今eiちゃんに電話したら、1時間後に止むって。
でも「インシャッラー」って。

そう、この国は、というかイスラム教の他の国もだろうけど、なんでも未来のことに関しては「インシャッラー」と言います。
これも「ビシミラ」と同じでアラブ語。
「神が望むのであれば」みたいな意味。

「また明日ね、インシャッラー」

「何時にどこどこでね、インシャッラー」

そう、約束は常に確実に守られるものではないのです。
こっちが返答を濁したり、曖昧に約束したいときは便利なので私も使いますが、確実にお願いしたいことに対して「インシャッラー」と言われると、、、ちょっと嫌です。
でもこの気候的に厳しく不便な国では「インシャッラー」と言わざるを得ないのかな、というのも思います。

だって、例えば今日の嵐。
こんなのがあれば、待ち合わせの時間があったとしても行けません。

車だってそう。
余裕をもって車に乗ったとしても、途中で車が故障しただのなんだのっていうのも珍しくはないし。

ワールドカップも停電になると見れないし。
そう、仕事だって、停電になっちゃうとパソコンで資料を作ってても途中でできなくなるし、パソコンのバッテリーがあっても、プリンターが動かないし。

「インシャッラー」と言わざるを得ない場合が少なくありません。


この間の、日本戦。
ほんと、日本頑張ったと思います。
素晴らしかった。
すごいゲームだった。
日本代表に心からお疲れさまと言いたいです。
長時間に渡って、とても大変だっただろうな。

その日は朝9時くらいから停電になったので、14時からの日本戦はまた施設に見せてもらいに行かなきゃいけないかな、と思っていたのですが、正午過ぎに復旧。
ジャオ家の人々にも応援してもらいながらの観戦。

しかし、後半15分くらいから、まさかの再停電。
ギャーと叫び、すぐさま近くの発電機のある施設に走って行きました。
施設の人たちは「勝ったらジュース買ってくれよな」と言いながらも一緒に応援してくれました。(中には私をからかうためにパラグアイの応援をする人もいましたが)
一緒に一挙一動しながら長い試合を観戦し、PKのときは一緒に川島コールをしてくれました。

「川島っ!パンパンパン!(手を叩く音)」

終わって半泣きになっていると、みんなが「ゲームだから気にすることない。負けることもあるよ。」って慰めてくれました。
慰め方がやはりセネガル人です。
論点が私からすればずれている。
いや、ゲームなのは知ってるけど、悔しいじゃない。
選手たちがどんな気持ちでいるかとか、ここで敗退であることとか考えると。

「神様」なんですよね。ゲームの勝敗を決めたのは。

セネガル人の「悔しい」っていう感情の在り方についてリサーチしてみようと思います。
さて、彼らはどんな種類の悔しさを感じているのか。

あの時ゴールを決めていれば、とか、あの時シュートを止められていたら、ということを彼らは思わないんだろうか。
悔しくて悔しくて、後悔して眠れないっていうことはあるんだろうか。

でも「神様」のせいにしないとこんな厳しい環境ではやっていけないんだろうとも思う。

生きる知恵ですね。

学校のクラスの中では先生が子どもを馬鹿にしたりすることが普通です。
彼らは能力の上下をあからさまに言われることに慣れている。
悔しくないんだろうか。
でも誰も怒らない。
怒っている人もいるかもしれないけど、それに慣れないとセネガル社会で生きていけない。
人と人を比べて優劣をつけるのが当たり前に日常的に何の面においても行われているから。

あなたは阿呆だと先生が子どもに向かって言う。
先天的に、神様がそのように作っているのであれば、それこそそんなことは言ってはならないのではないか。
だってその子のせいじゃないのに。

努力してる人はものすごく努力してると思うんだけどな。
そして、努力していると、努力した分だけ馬鹿にされると悔しくなるのは当たり前のことだと思う。
私たちの能力は神様がすべて決めているわけではないと私は思うし、その人がどう頑張ったかも大きいんじゃないだろうか。
「努力をする」という才能が備わっていることも必要かもしれないけど。

でもその場で、その時に誘惑に負けずに勉強した、とか、自分の中にある力を振り絞って頑張ったのは神様じゃないし、その人の意思の強さだったりすると思ったりする。
だからうまくいかなかったことがあると、その責任を自分で抱えこまなきゃいけないことになるんですよね。
日本人のメンタリティって自己責任だなー。
そうやって生きていくのはハードだけど、そうせざるを得ない。
だから日本は発達したんだろうとも思います。

こちらの人はみんな日本人とは別の意味で心が強いと思います。
鈍いのかもしれない。
馬鹿にされても逞しく生きています。
でもそれはいいことです。
いちいち傷ついていられない。
鈍くないと一夫多妻制なんて成り立たない。

でもサッカーの勝敗を深刻に悔しがったりできるのは私たちが恵まれているからかもしれないとも思います。
だって私たちは明日のパンの心配しなくていいし。
明日のパンの心配をしなくてはならない環境にあるとサッカーの勝敗なんぞに構っていられませんよね。

そう、だから一夫多妻制を嫌がる恋愛至上主義の先進国民は、生存本能やらなんやらの基本的なところが満たされていて、そこに心配ごとがない。
だから、男女関係やら自己実現やらなんやらをやたら深刻に受け止めて、悩んだりするのかもしれないと思います。
なんていうのかな、人間に心配ごとや悩みは不可欠なものであって、生活の心配をしなくてよくなると、何か心配ごとを作りたくなる。
そして、それを深刻に考えるようになる。
人間はどのような環境にあっても、何か深刻な悩みごとを持ちたいというややこしい動物なのかも。
こういう言い方をすると、本当にひもじい思いをしている人たちに対して失礼になるけど。
ごめんなさい。

私はなんでもかんでもこう一般化して考えてしまう傾向があります。
だから、何がよくて何が悪いってはっきり言えない。
でもこう考えると、って思っちゃうのです。
自分の意見がはっきり持てないときが多い。
というか、それが私の意見であるのだと思います。
だから立場を決めきれなかったりする。
ややこしいな。

日本語でさえ、自分がどう思っているか、何を考えているかを言うのが難しく感じるのに、異文化の人に自分のことを理解してもらうのはほんとに大変な作業です。
いちいち難しく考えちゃうからいけないんですが。

ぼちぼち。

あ、雨が弱くなってきた。
もうすぐ10時。

雨と暗闇のせいでいらんことを書きました。
いつもに増して。

トイレ行こー。
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