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言葉の問題。

最近活動写真をちゃんと撮ることに目覚めました。
この間帰った隊員が三脚をくれたのです。

「任地に1人しかいないから必要でしょ」と。

確かに自分が授業をしている写真はほんと撮るのが難しい。
任地に何人かいると、お互いに撮り合うことができるんですが。
セネガル人に撮ってもらっても、なかなかいいのは撮れないし。
扱い慣れていないんですね。

というわけで、昨日から挑戦してます。三脚。
でもこれが難しい。
子どもがカメラ意識しちゃって。。。
私もですが。
カメラが回っているといい授業にならない。
逆にカメラをセットしていないときに限って自分がいい授業をしているのがわかる。笑
難しいですね。

今日はカフリンから1kmくらいのルゲ村の小学校に行ってきました。
DSCN2611.jpg

この子たちは入学したばかりの1年生。
めっちゃちっちゃくて可愛い!!
フランス語なんて全くわかりません。
しかもこの村は、2つの民族が一緒に暮らしています。
なので子どもたちの母語が2種類。
セネガルで最もメジャーなウォロフ語と、少数派のバンバラ語。
私はいつも小さい子どもに対してはウォロフ語で授業をしています。
しかし、子どもにウォロフ語まで通じないとなると、、、厳しい!!
もうどうしていいかわかりません。

でも考えてみると、最初はウォロフ語なんてわからなかったし、それでもがんばってフランス語で小さい子にも授業をしていたな。
ウォロフ語に慣れちゃってたんですね。
そういう私の変化もあります。

しかし、根本的な問題として。
子どもは本当に1年生から知らない言葉での授業を受けます。
日本じゃ考えられないこの状況。
語学ができないと、何も学ぶことができない、このシステム。
算数の授業もフランス語だから、そもそもフランス語ができないと算数もわかりません。。
そして多民族社会。
私が住んでいる地域の大体の子どもたちはウォロフ語がわかります。
公用語としてフランス語があって、そして生活言語がウォロフ語。
違う民族だったとしても、大体の人は共通語としてウォロフ語を使用しています。
でも村落部で、民族で固まって生活しているところでは、ウォロフ語が生活言語ではないです。
子どもたちは小学校に入って、友達とウォロフ語を話さなければならない状況になり、授業をフランス語で受けるという。
私たちからすると、とてもヘビーな環境です。
ほんとに同じ民族ばかりで固まって暮らしている地域は、ウォロフ以外の言語が生活言語になっているので問題ないですが、ウォロフが強い地域の少数民族は大変。

でもこちらの子どもたちからすると当たり前。
子どもだし、生活言語はすぐ覚えます。

でもフランス語は、、、難しいですね。
生活で使わないから。
でもフランス語ができるようにならないと、この国でいい仕事にはつけない。
そしてきっと、ウォロフ語ができない人たちは、他の地域での生活が大変。

日本ではあまり意識することのない言語問題でした。
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絵画コンクール。

JICAセネガルのプロジェクトの一つに国産米を普及するPAPRIZというものがあります。
そこ主催で、この12月にチェブジェン絵画コンクールが開催されます。

チェブジェンというのはセネガルの代表料理でお魚と野菜とご飯を一緒に炊き込んだ料理です。
油をたくさん使うので、、ちょっとパエリアチックかな。
私は週3回は食べています。
しまった。写真がない。
こういう写真ですね。必要なのは。
ウィキペディアに載っているチェブジェンの写真はレストランバージョンです。
あんなのチェブジェンじゃな~い!

絵画コンクールでは、子どもがチェブジェンを題材に子どもが絵を描きます。
カフリンでは、たくさんの学校に声をかけてみると、たくさんの学校がエントリーしちゃって、てんてこまいです。
八方美人が仇となりました。。。

というわけで11校、これから1ヶ月くらいで回りまくって作品を作らないといけません!!
日々大忙し。
今日は1校で作品を作ってきました。
DSCN2600.jpg        DSCN2605.jpg

おまけ。
仲良しのジャロ先生の子どもと。
DSCN2592.jpg            DSCN2593.jpg

2つのバースディケーキ。

29歳になりました。

29歳。
30歳になる一歩手前。
大学入学ももう10年以上前のこと。
姉ちゃんが結婚した年も越えたなぁ。
新卒で就職したときの上司の年齢もそういえばとっくに超えている。

29歳。なんだか不思議ですね。
年齢に見合うだけの大人になれたかしら。
・・・って思いながら年々進んでいくんだろうな。
素敵な大人になりたいものです。

ちょうど誕生日前後はダカールで過ごしました。
誕生日前日は、人生初のボディボードに挑戦!
初めて波に乗りました。
ほんとに爽快!
これからの人生波に乗っていくぞ~って叫びながら。笑
29歳もいろんなことに挑戦していきたいです。

今年も隊員仲間にお祝いしてもらって嬉しかったーー☆
誕生日前日の夜、飲みに行って帰ってきたら、同期のYuichiroはじめ仲間たちがケーキを用意して待っててくれました。
P1010002.jpg      P1010003.jpg

翌日誕生日は最近超仲良しの先輩隊員asamiちゃんとデート。
生ビールを飲んで、お寿司を食べに行きました。

家族や友達からも温かいメッセージをたくさん頂きました。
ほんと幸せだなぁ、私。

16日はうちのおばあちゃんの誕生日だったのですが、私の家族は、おばあちゃんの誕生日と一緒に、私の誕生日もお祝いしてくれたそうです。
おばあちゃんの89歳と私の29歳のろうそくを並べて。247.jpg  251.jpg
いなくてもお祝いしてくれる家族の気持ちがとても嬉しかった。
影膳みたいだなーと思ったことはお父さんには言いませんでした。笑

今身近で支えてくれている人の、そして今は離れて暮らす家族の2つのバースディケーキ。
私は幸せ者です。
これまでの29年間に感謝して、これからも日々前向きに楽しみたいなぁと思います。


ところで、今、これを書いているのは配属先、教育委員会の私のデスクです。
そこを訪れてきた高校生くらいの女の子にいきなりケータイのカメラを向けられました。
しかも私は電話中。
なんだかなー。
たまにあります、こういうこと。
私はパンダじゃないって!!!!

Diaw家でも私が外でお昼寝してるのをよその子どもがじーっと凝視したり。
まー子どもは仕方ないと思うけど。
この間、そういう子どもたちにマダムがビシッと言ってくれました。

「Tubap,c’est une personne de!!」
(白人だって人間なんだよ!)

相当妙な表現だけど!笑
いや~これ分かってほしいなー。相当面白い言い方なのです。
マダム・・・笑わせてくれます。
でも、マダムがそうやって私を守ってくれることがとても嬉しくて、泣き笑いしました。


一昨日の雨季の終わりを告げるような激しい雨の後、なんだか気候が変わったような気がします。
乾燥してきて、朝晩が涼しくなり過ごしやすくなったかな。
セネガルの冬が始まるようです。昼間は40度越えるけれども!

今朝は学校に絵画コンクール参加についての打ち合わせをしに行ってきました。
2年間、一番最初から通っている学校9にて。
大好きなGueye先生とお話し中。DSCN2572.jpg
まだまだ授業は始まったようで始まっていません。
明日は県内小学校の校長先生が集まる会議。
何着て行こうかな。

あと残り3ヶ月を切って、、、思うことはいろいろあります。
とにかく、毎日を大切に過ごしたいな。

バカンスを振り返ってみました。

さて、暇にまかせてブログ更新3日目突入!

音楽祭からこれまでの間、バカンスをどうすごしていたかを振り返ってみましょう。
いやー振り返ってみると、遊んでるなー。
めっちゃ忙しかったりもしたけど。
遊びも仕事も充実しました。
任地では働いてないな、とりあえず。笑


まず、8月3週目、教育会ワークショップ!
これまた大充実のワークショップでした。
セネガルの教育系隊員みんなごっそり集まっての勉強会です。
普段の活動から、これいいぞっていう授業アイディアとかを共有したり、学校菜園や保健教育などいろんな分野からの教育へのアプローチを学んでみたり。
みんなさすがは協力隊員!引き出し多いぞ!

集まったのは総勢30人以上!
みんなほんとよく集まってくれたなー。
もう古株隊員である私が今回主催したのですが、やっぱ主催って大変ね。
内容、時間、場所、食事、要望・・・。
かなり勉強になったなー。
2写真 401     P8200376.jpg
隊員活動2年間、任地でのセネガル人との活動がもちろんほとんどなんですが、隊員間の日本人との仕事の中でも学ぶことはたくさん、たくさんありました。
違う意味で。
せまい日本人社会。
それぞれ個性的だし。
社会経験もあるしっかりした大人がほとんど。
そして協力隊員になろうと思うモチベーションを持ち、みんないろんな意見を持っている。
私は今、セネガルの教育系隊員からなるセネガル教育会の会長をさせてもらっています。
メンバー総数はわからないけど、、、半数くらいにはなるだろうから50人くらいいるのかな。
何かする、意見を言う、全てプレッシャーがあります。
セネガル人に対して働きかけるのと全然ちがう。
お互い同じ立場だから、無意識に判断・評価し合ってしまうんだろう。
刺激的です。笑


ワークショップの後は健康診断のため、そのまま花の都ダカールに留まって遊びまくる。
海。
ビリヤード。
その他、いろいろ。

それからー、カフリン帰って友達が遊びに来たり、遊びに行ったり。
eiちゃんの家族に赤ちゃんが生まれたから見に行ったり。
DSCN2335.jpg


そして日本祭@カオラック。
9月に帰国した隊員azusaちゃんの主催。
私の仲良しの先生も手伝ってくれました。
日本文化紹介したよー。
私は着付け担当!あ、写真がない・・・。

それからーKOICA(韓国の国際協力機構。まー韓国のJICAです)の子と一緒にゴミ拾い活動したり。
IMG_2683.jpg          IMG_2689.jpg

そしてまたダカール。
帰る隊員のお別れパーティーです。
ワークショップに続き、これも主催だったから、大変!!!
この帰国前パーティー、毎回結構気合入れて派手にやります。
私たちの隊次で幹事ということで、同期全員、力合わせてがんばりました!
大変だったけど、楽しかった。
計画から当日まで。
司会進行しながらの食事。IMG_3329.jpg
コスプレ大好きな我々。1次会は蝶ネクタイ、2次会はお祭り仕様!!
IMG_3358.jpg         IMG_3657.jpg

パーティーの翌日に任期を終えた12人の隊員は帰国。
次は私たちが帰国する番です。


そして9月最終週は・・・!!!!
カーボベルデ旅行!
毎日海で泳ぎまくったーーー!
楽しかったけどトラブル続き。
クレジットカードがATMにすごい確率で食われる国、カーボベルデ。
なんかよくあることらしいです。
6人中4人試して、2人食われた。
日本のカードがカーボのATMシステムと相性が悪いみたい。
知らんし。
めっちゃ困りました。
普通エラーならカードは吐き出すだろう。
何故、食ってしまうんだ。
そして呼んでもすぐ来ない係員。
ここは途上国だ。
カーボ旅行中、ATMのキャラクターを見るたびにイラッとしました。
「いつでも食ってやるぞ~」って聞こえてきた。

あとフライトキャンセルもあったし。
カーボベルデは列島国です。
だから、何度か国内移動で飛行機に乗りましたが、なかなかフライトが予定通りにいかない。
調べたときにはあったはずの飛行機がなくなってたり、取っていた飛行機がフライトキャンセルしたり。
まー海は綺麗でビールは毎日美味しかったから、よしとしよう。
SANY0044.jpg  ビール三昧!!
エビ三昧!!  SANY0153.jpg
SANY0076.jpg  海三昧!!!!!  P1080549.jpg   P1080554.jpg

そしてバカンスが終わりカフリンに戻ってきた今・・・スロースタートです。

昨日で、うちの猫ちーちゃん、1周年を迎えました。
しまった。写真がない。

新学期初日・・

今日は朝から霧がかかって珍しい天気です。
暑いけど。
最近湿気がひどい。

今日から子どもたちも学校に来るはず!
なので、いつもより早めに出勤しました。
朝靄の中、自転車で出勤する感じ、なんかテンション上がったー!
出勤する人々とすれ違い、登校する子ども(まだ少ししかいなかったけど)と挨拶。
久々の感覚。
私は働くのが好きなのだと思いました。
日本人だなー。

途中、近所の学校の女校長に会いました。
「今日はストライキなのよ」と開口一番言う彼女。

・・・マジか。

萎えました。

そして職場である教育委員会に着き、同僚の1人(唯一の必ず定時に出勤する人)と朝からセネガルの発展について談議。
払われていない給料と子どもの学ぶ権利。
どっちも大事だからなんとも言えない。
給料なしで働くか?しかし腹が減っては戦はできぬ。
でも犠牲の上に発展はあるのでは。
上層部は自分が不自由していないから変わろうとしないのが問題。
・・・難しいですね。日本の戦後とは違う。
こちらのお偉いさんたちはフランスやアメリカにバカンスに行っちゃうんだもん。
子どもも留学させればいいし。
彼らは自分たちの特権階級のぬくぬくがなくなる方が不自由。
まーいろいろ複雑だ。このグローバル社会の中で。


というわけでやる気を失った私は朝っぱらから職場でみんなとおしゃべりしながらブログ更新中。
だって他にすることないもの。

まーあとで学校の様子くらいは見に行こう。
誰かいるかなー。

悲しかったことについて。

バカンスが終わりました。

音楽祭から更新してなかったなー。
反省。
いろんなことがありました。

書きたいことがいっぱいあったんだけど、忘れたいこともあったりして、でも楽しかったことを楽しかったテンションで書いてしまうということも、違う気がした。
忘れたかった悲しかったことも書かないと、公平な記録にはならないなーと思ったり。
誰に対してって、、自己満足なだけですが。
そもそも公平な記録は書けてないけど。
まぁ気構えとして。
良かったことしか書かないのは嘘だと思うし。

というかただただ楽しかったことも書く気になれなかったというだけですが。
でも、楽しかったこと以外のことも伝えたかったのです。
そう、順番として、それを書いてから楽しかったことを書きたかったのかな。
そして、それを書く準備ができたから今日これを書こうとできているのだと思います。
ちょっと時間が経って、落ち着いたかな。


ラマダン(断食)が終わって、コリテがありました。
8月の最後の日でした。
コリテとは、ラマダン明けをお祝いするお祭りで、丸一日暴食する日です。
そして綺麗な服を着て、親戚や友達に挨拶回りをします。

その日、うちのマダムは出産しました。
コリテの前日にたぶんおしるしのようなものがあり、入院。
そして陣痛誘発などを行いながら丸一日病院にいました。
私たち家族は家でコリテの料理をしながら、マダムの様子を聞いたり、食事を届けたり、1日中そわそわ。
コリテどころではありません。
夕方、ようやく赤ん坊が生まれました!
男の子です。
マダムには女の子が1人だけいます。
結婚してきっと5年以上くらい経ってからやっとできた女の子、ファティマタです。
ファティマタの前も妊娠することは何度かあったようなのですが、なかなかうまく育たず、やっとできたのがファティマタ。
そして、コリテの日、待ちに待った男の子を出産。
ようやくの2人目。

しかし、頑張って生まれてきた男の子は元気とは言えませんでした。
産声がか細く、生まれてくるという大仕事でもう疲れきっていました。
出産後、すぐ州病院に移動し、酸素供給を行いました。
州病院とはいってもカフリンの州病院は設備が整ってはいません。
そこで、そのまま1時間先の中都市、カオラックへ移動。
そこで処置を行うことに。

もう夜でした。
Diaw夫妻はカオラックへ行き、私たちはみんなで家で待機することになりました。

あんまり丈夫な子じゃないんだなー。

私はそのくらいにしか思わなかった私は翌日早朝の訃報に愕然としました。

そんなに簡単なのか。
というのは間違っているかもしれません。
だけど、そんな話、私はこれまで身近に聞いたことがありませんでした。
日本だとほとんどの場合、どうにか助かるのではないでしょうか。
生まれてきているのです。
ちゃんと、生きて。

出産後も、みんなそんな深刻そうに見えなかった。
「おめでとう」って言ったら、喜んでたし。

ほんとにきつねにつままれたようでした。

ずっと大事にしてきて、やっと生まれた待望の赤ちゃんなのに。

昼過ぎにDiaw夫妻は帰ってきました。
赤ちゃんはもう既にカオラックで埋葬してきたということでした。
名前もない赤ちゃん。
幸か不幸か、たまたま私がカメラを病院に持って行ってなかったから、写真の1枚もありません。
お墓参りすることはあるんだろうか。

そして続いていく日常。
セネガル人は何があっても日常を続けていきます。
何事もなかったように。
それはそうする努力をしているということも分かってきました。
敢えて普段と変わらない生活を続けていくことで、深刻になりすぎないようにするのです。
何故なら、こういうことはそんなに珍しいことではないから。
いちいち深刻になってしまっていては身が持たないのかもしれない。

なかったことにしたいのかどうかはわかりません。
しかし、悲しみに飲み込まれないよう、悲しみを日常に飲み込ませて日々を過ごすのです。
人と一緒に時間を過ごし、悲しみを分け合って、徐々に笑い話を混ぜながら、数日後には何もなかったかのように。
日本でする法事のようなことはしないし。
日々のお祈りの中で祈っているのかもしれませんが。
何もなかったかのようになってしまいます。

ほんとにこんなことは珍しくないのでしょう。
その約10日後、配属先の上司でDiawと同じ立場にあるSakhoさんの4歳の息子が亡くなりました。
病気だったのが、旅先のマリで悪化したようです。

私には全くこういうことに耐性がなくて、、どうにも頭が切り替わらなかった。
自分の赤ちゃんを亡くしたマダムががんばってるのに、私はこの現状が嫌になって逃げたかった。
ここにいるのが嫌になったのです。
そんな現実がゴロゴロしているこの国に嫌気がさしたというか。
そしてそれをなかったことのようにしてしまえるセネガル人の鈍さにもイライラした。
C’est la vie.(それが人生だ、とか、仕方ないという意味)と言って。
彼らが必死で悲しまないようにしようとしていることも分かっていながら。
その鈍さも必然で、生きる知恵だとも思うけど。
忘れることが簡単そうに見えることが嫌だったり。
情けない。
自分勝手な話です。
私は何もできないくせに。

そして、ラマダン中、臨月のマダムが断食するのを止められなかった後悔も大きい。
もし、赤ちゃんの栄養状態が良ければ、もう少し体力があったかもしれない。
もっと本気で止めていれば良かった。

それから、「猫は不運を運んでくるって言うんだ、この国では」と言われたこと。
うちの猫のちーちゃんはいつもDiaw家にいます。
そんなに本気で嫌がられてなかったのをいいことに、甘えすぎました。
セネガル人は体中にお守りを付けて歩く程に心配性です。
いろんな物事から自分を守ろうとしています。
そんな彼らに、「不運を運ぶ」と言われる猫を身近に置いてしまった私。
猫が嫌われているのは知っていましたが、不運を運んでくるということは知らなかった。
責任を感じざるを得ません。
猫のせいかどうか、という話ではなく、私が不安要素を増やしていたということがショックだった。

私いない方がいいな、と思った。
いても何の役にも立たないし。


今はもう、そんなこと思いません。
整理ついた気がする。


うーん、、、ぐちゃぐちゃマイナスなことを書いてすみません。
読んでくれてありがとうございました。

要は、待望の赤ちゃんが残念だったので、悲しかったというお話でした。
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morimasako

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